「バイバイ」にもの思う。

2011.03.03.Thu.00:00


  「バイバーイ」
逢魔時の公園で、子供が叫んでいた。大きな声の「バイバイ」を子供たちはよく言う。大人になれば「さようなら」「「しつれいします」「お先です」「また明日」などなど、か。

  そして私は、幼少期「バイバイ」という言葉が苦手であった。苦手というのか、正確にいえば恥ずかしくて自分からは絶対に言わないお別れの挨拶であった。それを気取った言葉だと思っていたのかどうかはわからないが、「じゃぁね」や「またね」「さよなら」の方が使いやすいと思っていた。勿論向こうが使えば「バイバイ」を言う。しかしそのあと、言い知れぬ恥ずかしさに襲われてしまうのが常であった。無邪気さに欠ける、問題のある子供だったのかもしれない。

  大人になって(精神的には未成熟ですが)深夜にかけてモゴモゴと長電話をする。大体話すことと云えば、大したことではないが、決して底抜けに明るいものでもない。このあたりかな、と話の終わりがくる。「おやすみなさい」の言葉に色々な思いでほっとする。ところが時に、そのあとに「バイバイ」と相手から続くことがある。或いは単独の「バイバイ」。
  はっとして、しかし「(お互いいい歳なんだけどな)」と思いつつも、照れながら同じようにはっきりと私も続く。それには幼少期の、幾分かのきまり悪さを含んだものとは違う、嬉し恥ずかしさとでもいうような感情がある。もしかしたら私は、幼い時分の無邪気さとでもいうべきものを、無理だと知りつつも今ここで取り戻そうとしているのかもしれない。



  休憩の帰り道、また焼き芋を買う。行儀が悪いと思いつつも、頬張りながら歩く。こういうものはいちいち行儀の悪さを気にしいしい食べる方が、いっそおいしいのだ。


  手元にある「現代歳時記」(金子兜太他編 たちばな出版)で調べると、「焼藷」は11月の季語らしい。ちなみにこの語の周辺には、鯛焼、焼き鳥、湯豆腐、雑炊、鍋焼、すき焼、寄鍋、おでん…とあり、こう並べてみるだけでお腹がすく。皆「焼藷」とは季語仲間の様子。良い仲間たちだ。




  トリペルの古本フェスの効果?が地味に出つつあるのか、ぽつぽつとトリフェス経由の方を知る。昨日のお一人の方も、そうであった。狭いところで、ゆっくりしていただけたのだろうかと気になる(何しろ同時期に出された実店舗ありの方々のお店は広い)が、仕方ないもんねといつもの調子で開き直ってみたりもする。(でもゆっくり御覧いただいていいたようなので一応安心)勿論どういう経緯で来店されようと、薄暗いビルの5階までわざわざあがって来ていただける皆さま、本当にありがたいことです。


関連記事
コメント

管理者にだけ表示を許可する