うみちゃん。

2012.08.08.Wed.23:30

流れ



 皆から“うみちゃん”の愛称で呼ばれている知人がいる。

 海、という漢字のつくりが好きで、昔から「海」の入ったタイトル・作家の本を新本・古本、ジャンル問わず集めているのだ。だから、“うみちゃん”。
 うみちゃんが、「海」のつくりにはまってしまったのは、小学生のときに習字で何枚も「海」を書いて、「そりゃもうイヤになるほど書い」たその一字が、なんでも、とあるコンテストで入賞して一転、返却された半紙を嬉しくて(「佳作だったんだけどね」)部屋の壁に貼って毎日懲りず飽きずで眺めていたところ、このつくりが好きだと思うようになったらしい。
 だからというべきか逆にというべきか、繰り返し繰り返されるものにうみちゃんは敏感だ。警戒しているといってもいい。制服とか定期券、ヒットチャートや誰かの言葉。自分が意識的に反応しなかったのに、麻痺、従順、戻れないところまで連れていかれることの怖さ。「戻れないと気付くだけマシだけど」と、“海”だけでもう十分なのだ。
 冗談めいて「そりゃ恋もできないわけだ」となげると、「自分もそう思う」とやや神妙に頷いたりもする素直さが愛される所以か。

 前にうみちゃんの家に行ったとき、「古本屋が来たんだから、うみコレ(=うみちゃんの海コレクション)からなんか売ってよ」と駄目を承知で軽くお願いしたところ、一冊ならいいよとあっさり承諾されたので拍子ぬけした。
 とはいえ、「ううん、これはちょっとなあ…これはアレだし…」と、壁一面の本棚3分の2を占めているであろう「うみコレ」の前で少し悩んでいる様子をみせている。うみちゃんは、闇雲に集めるだけでなく、読んで、内容や作家のこと自分が知らずにいたことなどをそれなりに精査したりしているから、いちいちに思い入れやら感想が絡みついているのだろう。そして私はそういう本を売ってもらうのが好きである。しかし無理をしてまで、かっさらっていくような真似はしたくない。
 うみちゃんのぶつぶつという呟きが、だんだんと胸に迫ってきたので、さすがにもういいと言おうとしたところ、一冊の本を完全にぬきだした。「この人はNHKで放送作家をしてて、そのあと詩人になってね、でも脚本家だったお父さんの方が有名かもしれないけど」、そうそう合唱曲の詩も書いているのだよと、うみちゃんが唐突に朗々と歌いだしたので面食らってしまったが、あれはなんという唄だったのだろう。

 ちなみにうみちゃんは、音楽のほうの「海」は集めていない。「だって数多すぎるでしょう、例えばカイエンタイとかはいってくるよ?や、嫌なわけじゃないけど」あくまでも「海」のつくりにこだわるので、英語のseaも眼中にないらしい。実際の海も興味がなさそうであったが、売ってもらった本をやっと出すよ、うみちゃんのこと記事に書くからという旨連絡したところ、「このナツ、ハツカイガイでミナミノシマ」なのだそうで、少し前に萩に行って「海っていいなあ」と思ったようで、早速海外旅行と相成った模様。
「意外と単純だねえ、それとも疲れてるんじゃないの?」とからかったところ、「そうかもしれない」と、相変わらずの素直さであった。
 でも、お願いだから漢字で「海」とプリントされたTシャツみたいなものをお土産にしないでね、うみちゃん。


伊藤海彦
本の中にジョルジュ・ブラッサンスの「雨傘」の記述があったので、CDコーナーにあったアルバムと一緒に。残念ながら「雨傘」は収録されていないようです…
売切れ






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