冷し中華…でなく『山坂』取り扱い始めます。

2011.01.23.Sun.23:30
 太宰治はほとんど読んだことがないのだが、以前引用されていたものが印象的で覚えていたので、更に引用を。『葉』という作品より。


死のうと思っていた。 今年の正月、よそから着物一反もらった。 お年玉としてである。着物の布地は麻であった。 鼠色の細かい縞目が織り込まれていた。これは夏に着る着物であろう。 夏まで生きていようと思った。 
 
 幼いころからモノの増減/有無に自分の未来をはかる、という癖がある。袋入りのキャラメルでも化粧水でもなんでも良いのだが、いちいちモノをみながら「この○○が~(状態)になるとき私はどこで何をしているか/私の状態は如何であるか」と考えてしまう、くだらない感傷主義である。ひどくなると「生きているのだろうか」というところまで発想してしまうが、さすがに滅多にはない。
 同じ類のことで「○○を~するまでは死ねない/生きていよう」というのもある。それも自己実現的な志あるものなれば格好もつくのかもしれないが、やはりモノなのである。この十年強程は「深井克美の『オリオン』をこの眼で観るまでは必ず生きていよう」という思いを持ち続けている。(あ、何も死にたいわけではございません。この作品は本でしかみたことがなく、どうやら個人蔵のようで、よほどのことがないと観る機会もないだろうと思われる。)
 なんと大げさな、と言われそうだが、三つ子の魂百までの、これでもって普段の私の意識の流れ方というべきものなのであって、「単純に何かを待つ」ということができない、ひねくれた一面をあらわしているようにも思われる。


 『オリオン』と同じに考えてはいけないのかもしれないが、ひとつの目安になりつつあるもの。太宰の形式を少し拝借。表現は稚拙承知千万なので突っ込まれぬよう。

昨日の昼一、山坂から5月ごろに「山坂」第5号発行の予定を聞いた。刊行を重ねるごとによくなっている。緑を通過してきた光のちらちらする中で読むと、きっと気持ちの良い内容だろう。5月まで生きていようと思った。


 丁度、Kが休憩に出ようとしたまさにその時、階下より山坂のOさんとMさんが上がって来られた。Mさんがいつものように状況を面白おかしく仕立てようとしていたようだが(ブログ参照)、Kに先に見つかってしまったというわけである。しかし、Mさんの面白おかしくしようとするその内容自体はいつも大概くだらなくて、むしろそれが失敗に終わる可能性を、本人と仕掛けられる側とが同時に自覚/共有する瞬間におかしみが発生するという皮肉な結果を生んでいるのだが、昨日も違わずそうなのであった。
 Oさんは相変わらず落ち着いていて、身振りのひとつひとつが御本人の丁寧さを象徴しているような方だと思う。MさんはOさんに突っ込みながらも、すっかり頼りにしている感じ。本当に会うべくして会った二人なのだと思う。「まんが道」を王道で行くような。
 そんなおふたりが主宰する山坂書房の作品達を(ようやく)納品していただいた。3タイトル5種類である。
 彼らのメインの刊行物である『山坂』は、いまや私にとっての「人生先延ばし装置」である。というのはいささか言い過ぎであるが、「じゃあ5月までは…」という気持ちもないわけではない。モノに即して未来を生きようとする私の目下の依存するところは、この小さな同人誌であることに間違いない。(といいながら在るのは刊行予定の口約束で、モノそのものはなかったりするのだけど「4号があるなら5号もあるでしょ!」と、こういう部分では単純さを発揮)
 今まで知らなかったおふたりの話も聞けて大満足のひとときであった。部活やら、制作やら、バルテュスやら。
 そうそう、何故にここまで入れ込んでしまったかというと、HPに掲げられている“理想”というのがあって、それを引用しますと…

一、ぼくたちの表現で誰かを傷つけるようなことは、なるべく避けよう。
一、漫画に誠実さをもって、丁寧に描こう。
一、過激さ過剰さを求めるのなら、他所でやろう。

なんでもありの自費出版界であっても、一定のモラルと良識を
持ち合わせた漫画作品を、山坂書房は生み出したいと考えています。
慎ましく、しかし凛と胸を張って。
 

 この最後の部分に惚れたといいますか、「凛と」なんてなかなか出てきませんよ、というところで偏愛に至ったわけなのです。勿論、それが具現化された内容を伴っているからこそ、ではありますが。
 あれこれ言うより、問答一切無用で是非手にしていただきたい、と紹介を終えたいところですが、せめて画像を…ということで後日改めて掲載させていただきます。




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