猫にはなれない。

2011.09.27.Tue.00:00

『ネコの本』(講談社 1978.3.28)
ジュアンヌ・ジャン=シャルル著 三輪秀彦訳
ネコの本

「ネコ、何と愛くるしい! 時には淑女、時にはアバズレ…。」
…!!!!

ナントカ博士の妊娠管理期間表が収録されている。数字ばかりでなんのこっちゃよくわかりませんでしたが、飼われている方はピンとくるのかも。

販売価格は、うまい棒70本分くらい円。


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 この本に朝倉文夫の猫の彫刻作品が掲載されており、10年程前に谷中の朝倉彫塑館へ行った日の景色を想う。
 空は高く秋晴れの日で、自分の気分も珍しくよかった。これまた珍しく、オレンジというよりは橙に近い明るい色のカットソーなぞ着て、薄手の上着を羽織っていた。駅の近くで向こうからやって来た大型犬にすれ違いざまに右の腕を噛まれて、上着を着ていてよかったなどと思うも、実はこれが当日の一番の記憶の内容を占めていて、他はよく覚えていない。声も出ず見遣った私の腕をくわえたままの犬の瞳は、憎らしいほどにキラキラしていた。
 朝倉彫塑館のあと、根津の骨董街をひやかし、東大まで歩いて行き赤門をくぐる。さほど大げさな想像の着地点ではないにせよ、もしかしたら今頃~ているかもしれないと、今になってひっかかったりするささやかな事あれど、自分の生来の鈍感さゆえに今更どうしようもないことであり、またどうしたいことでもなし、いやあれは結局気のせいなのだろうという思いに至るのであるが、やはり気のせいなのだ。
 秋の風が少し意地悪く吹いた/ているだけの話。




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おまけ。以下、長田弘『私の二十世紀書店』(中公新書)のジャック・プレヴェールについての文章よりプレヴェール作品。(引用の引用です。こちらの本は販売しておりません。)


猫に噛みつかれて死んだ小鳥のための葬いの唄。
「悲しみの村人は聴く、傷ついた小鳥の唄。それは村でただ一羽の鳥。その鳥を半分たべたのは、村でただ一匹の猫。やがて小鳥の唄はやみ、猫もごろごろ喉を鳴らすのや、顔を洗うのを遠慮する。まもなく村人みんなで、すばらしい小鳥のお葬式。よばれた猫はしずしず歩き、ちいさな藁の柩には、死んだ小鳥が横たわる。柩をはこぶ一人の少女、身も世もあらず泣きじゃくり。猫はいう、きみがそんなに悲しむと、もしはじめにわかっていたら、いっそ全部たべちゃって、それからうそをつくんだった。小鳥は飛んでゆきましたよ。世界の果てまで飛んでいった。世界の果ては遠いから、もう絶対にかえってこない。そしたらそんなに泣かずにすんだ。あとはさみしさと未練だけ―中途半端は一番よくない。」




9月30日(金)は、お休みです。


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