往きて帰らず 2010

2010.12.22.Wed.11:00
 今日も代打Yです。そろそろ「代打の天使」あたりの名称で呼ばれてもいいような気がしてくる今日この頃。代打、といえば、ここ最近の日本球界では、広島の前田が好きですね。代打専門ではないけどロッテの福浦も好きですし、中日の英智もいいなぁ、と思う。求道者のイメージを思わせ、しかも「打つぞ、打つぞ」なフォームでもないのに、気負いのないバッターボックスからあっさりセンター前、などというのがいいですね。
 でもあっさりとかまぐれなぞなくて、本当は日々の鍛錬からなるものだと考えると、あの飄としたふるまい(少なくとも私にはそうみえる)というのはプロたる所以なのだろう。何かを成(為)して金銭を受け取る以上「頑張る」や「努力する」なんて当たり前のこと。「頑張り」「努力」がありありとみえたり、「頑張ってるね」と言われているようなうちは褒められているのではなく「まだまだ」だということ。(みうらじゅんが杖がマイブーム時に、それをみた美輪さんだか誰だかに「あら頑張ってるわね」と言われて、「そう見えているようじゃ、俺もまだまだだな、と思った」というエピソードを読んだとき、みうらじゅんて信頼できるなぁと思いました。だから何だ?という話ですが。)
 野球はできないのでムリですが、いつか木山捷平的或いは辻潤的飄逸に辿りつきたい、と思いつつ今日もカウンターの棚に頭を突っ込んでうたた寝をする私。


 事務処理的なやるべきことは山積みですが凡人ゆえに最後まで回避し、接客という点においてはヒマではあってもうたた寝ばかりしているわけにもいかず、店内レイアウトを少々変更。本も蟻の歩みの如く、増えております。


008_convert_20101222051645.jpg
当店に在る、今年亡くなられた方々の本を集めました。





007_convert_20101222051917.jpg
井上ひさしが幅をきかせています。ここにはありませんが、つかこうへいも今年でしたね。


 残念だったのは、シリトー、サリンジャーという10代の頃にすごく影響を受けた作家が亡くなったことでしょうか。会社勤務時代の夕刊で知りました。私が唯一新刊を即買う作家が、新作をだしたというのをネット上にて知ったときと同じ「うわぁ」の声をあげたものです。(夕刊が読めるくらい暇で、思わず声をあげられるほど人がいなかった)
 中学生の頃にシリトーの「長距離走者の孤独」とカミュの「異邦人」を読んで感動のあまり(薄っぺらい言葉だなぁ…)傍線を引きまくり、諳んじるにあきたらず、写経のごとく大事に書写したものです。ま、訳文を、ですが。
 当時購入した丸谷才一/河野一郎訳「長距離走者の孤独」(新潮文庫)に収録された他の短編もすべて良く、特に中坊のくせにしみじみ感じ入ったのが、一枚の絵を介しながら、家を出た妻と夫の十年ぶりの再会と交流、そして別れを描いた「漁船の絵」。この夫婦の最初の別れ(妻が一方的にとびだす)のきっかけ、というのか決定機は「本」でした。「本」を読んでいて大喧嘩、というわけではないのですが、人を泣かせてしまったことがあるなぁとふと思い出すも、なんだか話がだらだら長くなってしまったので、今日は見逃しの三振(話のストライクゾーンをしぼりきれなかった為)にて打席をおります。






関連記事
コメント

管理者にだけ表示を許可する