七月になってもうた。

2011.07.01.Fri.22:07
 なにげなく店内にある「ジャズ ベスト・レコード・コレクション」油井正一(新潮文庫)をパラパラ読んでいた。まえがきに何個か見出しがあり、最初は<レコードこそジャズを記録する唯一の手段>とあり、譜面に書き表せない音楽がJAZZなので、レコードがクラシックにおける総譜になる、という様な事が書いてある。譜面の代りとしてのレコードね。ふんふん。
 そしてその次の<ジャズ・レコードの効用>の中にちょっとビックリする記述が。コンサートで聴く音がモノラルで、家のオーディオより音が悪いからレコード万歳とな。この当時の各家庭のオーディオ事情はわかりませんが(この文庫の発行が昭和61年で書かれた年も多分同じ)、そんなにコンサート/ライブのPAって悪かったんですかね?今の時代はコンサートやライブの方が家庭のオーディオセット(と呼べるモノがある人も少ないと思う)より音が良いと思うのに。それとも音の良し悪しよりも、ただ音が大きくなって誤魔化されているケースもありうるが。どっちにしても、コンサート/ライブで聴くよりレコードの方が音が良いという時代があった、らしい。
 録音物が色々な時代の人にとってどのような存在であったかを、こうゆう何気ない記述で知るのは面白い。


(つづき)

 これを書いている時に隣からYさんがちゃちゃを入れてきて、私の文章を音読しだした。なんでこんなに恥ずかしいのか。とにかく声に出したくない日本語。
 多分、渡部直己やったかな?が大学の授業で小説講座みたなものやっている時、課題で書かせた自作の小説を出来の悪い生徒には音読させて、みんなの前で恥かかせた。という逸話を思い出す。ほんとに恥ずかしい。
 






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